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La Paz X Japón

EXPO. La Paz x Japon

大変ご無沙汰しております。
もう2ヶ月以上更新をしていませんでした。
このブログを密かに楽しみにしてくださっている皆様、すみませんでした!
「TAKUに何かあったのでは?」とご親切にも心配してくださった方がいらっしゃいましたら、僕は相変わらず元気にしていますのでどうぞご心配なく!
少し忙しい日々が続いていたのと、筆不精な僕の生来の性質がここにきて顔を出してしまっただけです・・・

久々の記事ですが、やはりこのことに触れずにはいられません。
2011年3月11日に起こった東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)。
NHKの海外放送を通じて見た、映画のような信じられない光景が今でも鮮明に思い出されます。
あのおもちゃのように流されていく家や船や車と共に、実に多くの方々の命、財産、生活、思い出・・・が一瞬にしてさらわれてしまいました。
僕ら協力隊もTVを茫然と眺めるばかりで、ブラウン管の向こう側の出来事を現実のものとして理解するには時間を要しました。
同じ日本人でありながら、そして誰かの役に立とうとして「ボランティア」になりながら、愛する母国の難事をただただ遠くで見ているだけという立場に、悲しみ、不安、歯がゆさ、申し訳なさを噛み締めていました。

しかし、海外にいるからこそできることもきっとある。
今、僕らがボリビアでできることは何だろうか?
ラパスでバリバリ活動するS隊員が発起人となってくださり、この思いを形にすべく、僕らは一つのイベントを立ち上げました。
その名も “La Paz X Japón”(ラパスから日本のために)。
震災関連の写真と原発について説明したパネルの展示、折り紙教室、日本食や折り紙グッズの販売、そしてラパス在住の日本人、ボリビア人アーティストによるコンサートという内容で企画を行いました。
当日は用意した250席を大きく上回る400名以上の来場者があり、日本食も全て完売。
チケットや飲食物、募金等の収益を合わせて、約1440ドルの義援金を集めることができました(義援金は写真提供をしていただいた朝日新聞社を通じて被災地支援に役立てていただく予定です)。
微々たる金額ですが、ラパスの方々の思いがつまっています。
一人でも支援を必要としている方のためにこのお金が有効に使われればと、関係者一同心から願っています。

イベント開催に際して、無償で会場を提供してくださったラパス日本人会館
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震災写真に見入る来場者
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来場者の方々には日本へのメッセージを書いてもらい、それをその場でボランティアが日本語に翻訳。その後、ボランティアの書いた日本語訳を見ながら同じように書いてもらい写真を撮影しました。綺麗に転写できるボリビア人にびっくり!
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たくさんのアーティストがギャラ無しで参加してくれました。写真はチャランゴの巨匠エルネスト・カブール氏。僕が買った教本の著者でもあります。
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日本人がギター&メインボーカルを務める人気グループ “ANATA BOLIVIA” による「涙そうそう」の演奏でフィナーレ。
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ラパス市内ではボリビア赤十字社による日本への義援金を募る横断幕も目にします。ボリビア人の多くが「日本は必ずまた立ち上がると信じてる」と励ましの言葉をくれます。
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※写真を提供してくださったY隊員、ありがとうございます!

今回のイベントで、僕は当日の舞台裏責任者として役割、そして展示写真の選択やキャプション用の翻訳を行いました。
被災地の惨状を、たとえ部分的であっても、残酷なまでに鮮明に映し出す一枚一枚の写真に目を通し、さらにその写真の裏にあるストーリーを簡潔に、かつ心に迫る表現で描写する説明文を読みながら、数ある写真の中から展示用の写真を選び、説明文をスペイン語に翻訳しました。
途中、自分の意思とは裏腹に、それらの写真に慣れてきている自分、また「選別の対象」として見ている自分に気づき、嫌悪感を覚えたこともありました。
そこには、行方不明の妻の写真を掲げながら被災地を歩く夫の姿、新居も結婚指輪を買うための貯金も全てを失ってしまった新婚夫婦(3月3日に入籍)、警察官に抱きかかえられ、一人避難所に向かう女の子がいました。
せっかく搾った乳をその場で捨てざるを得ない酪農家の写真には、福島で同じような状況に置かれている親戚の姿が重なりました。
「死亡者」、「行方不明者」、「避難者」等といった分類で括られた方々の「数」からは想像できない、耐え難い悲しみ、痛みがあることを思わされました。

何かイベントを成功させると、得てしてそのことに満足して終わってしまいがちです。
悪い言い方をすれば、僕が知らぬ間に感じている「何かしなければ・・・」という衝動は自己満足で満たされたかもしれません。
(そのような次元の話ではないのに、それでも自分自身の中の嫌な部分を見ることはあります・・・不謹慎極まりませんが、正直な思いを書かせていただきます。)
しかし、今回のイベントに参加した一人ひとりが自覚している通り、復興のためには長期的な支援が必要です。
僕一人にできることはほんの僅かなことでしょうが、一人の神を信じる者として、「祈りながら」自分にできることをこれからも行っていきたいと思います。
今回の震災が「神の天罰だ」などと言うつもりは毛頭ありません。
しかし、反感を買ってしまうかもしれませんが、このような悲劇ですら人間の理解を超えたところにある神の計画のうちに起こっていると信じたいと思います。
そして、その神が僕の信じる「愛の神」であるのならば、溢れ出る大粒の涙を無為に大地に流したままにされることはないはずです。

夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。(詩篇30:5)

今日はふとパタカマヤの自宅の敷地内に咲くタンポポに目が留まりました。
つい数ヶ月前までそこには何もありませんでしたが、玄関近くのコンクリートの隙間から2本のタンポポが伸びています。
タンポポの花言葉には「真心の愛」、「思わせぶり」、「神のお告げ」など色々あるようです。
綿毛が飛んでいく様子から「別離」という言葉も・・・
これだけ色んな花言葉があるのだから、一つくらい僕が勝手に言葉を加えてもいいでしょう・・・僕ならタンポポには「不屈」という花言葉を贈りたいです。
本当に勝手ですが、そんなタンポポの姿に今の日本の姿を重ねないわけにはいきませんでした。
黄色い歯を失くし、その後真っ白な毛も風に飛ばされてしまった、「元ライオン君」の姿はみすぼらしくなんかありません。
それは「失った者」ではなく「生み出した者」です。
たくさんの「別離」は経験しましたが、きっと日本は「不屈」のタンポポのように、また力強く伸びていくと信じたいです。

今現在も深い悲しみの中にいる方々に静かな慰めが、衣食住など今日を生きるための必要が満たされていない方々に適切な支援が、最前線で危険と隣り合わせで働く方々の上に安全が、そしてその方々の無事の帰宅を待つご家族に平安がありますように。

プロフィール

taku0805

Author:taku0805
名前: TAKU
職業: 村落開発普及員
(青年海外協力隊)
出身地: 埼玉県
現在地: ボリビア
目的地: 神様におまかせ

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