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2月2日

この日でちょうど一年が経った・・・あっという間だったなぁ。

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僕は今、3年日記というのをつけています。
横に日付、縦に2009年、2010年、2011年と欄が設けてあるものです。
協力隊参加に際し母親からプレゼントされたもので、中途半端ではありますが去年の2月2日からつけ始めたっていうわけです。

ちなみに2009年2月2日の日記はこんな感じです↓
「・・・○○グループの定例会議で退社する旨を伝えた。皆さん既に知っていたのか、あまり驚きがなかった感じ。仕事帰りに後輩と一緒に新しく買おうと思っているPCの下調べをし、その後立ち食い寿司屋に行く・・・」

ベッドの上で日記を眺めながら、職場のあった新宿の街並み、そしてPC好きでとことんマイペースだった後輩の姿が懐かしく思い出されました。
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そして、2010年の2月2日は・・・
パタカマヤでFiesta(お祭り)でした。
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毎年この日は “Virgen de Candelaria” という守護聖母(?)を祀るお祭りのようで、民族衣装を着た人々(Chiriwanoと呼ばれる)が笛を吹きながら市役所前の広場を踊り歩いていました。
このお祭りで面白いのは、使用する楽器はサンポーニャのような横笛のみで、広場の角4か所で必ず、以下写真中にいるような棒を持った男性が戦う点です。
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2月中旬には南米三大祭りの一つに数えられるオルロのカーニバルがあります。
ただでさえ、それで約1週間は仕事モードではなくなるにも関わらず、このように地元のお祭りもしっかりお祝いします。
3月にはまた別のお祭りがパタカマヤではあるようです。
4月4日には市長選挙・・・そう考えるとあっという間に時間が過ぎていく感じがして余計に焦ってしまいます。

前回の日記(「逆境」)から2週間以上が経ちましたが、市役所の状況は全く好転していません。
むしろ、ここで過ごす時間を重ねる毎に、市役所の職員と話をする度に、より多くの問題が見えてきます・・・
市長の任期は通常5年とのことですが、前市長は4年の任期を終えたところで汚職が原因で弾劾され、現市長と交代になったそうです。
(僕を要請したのは実は前市長だったのですが、上記の理由で着任した際にはJICAのボランティア調整員も面識のない人がカウンターパートになっていたという次第です)
その前市長が昨年から再び市長の座を狙って政治的動きを起こしており、市役所の銀行口座を何度も凍結しているせいで(←そもそもこんなことが可能なこと自体にびっくりさせられます)、職員の給料も何カ月も支払われていないという現状です。
(しかし、市民に聞いたところ、現市長もどうやら公金横領をしているそうです・・・真相は僕には確かめられないですが)
4月の市長選挙には現市長は出馬しないそうなので、必然的に市長交代となります。
つまり、今働いている職員のほとんど全てが選挙後にはいなくなるということです。
こんな状況で職員のモチベーションが上がるわけはないですよね。
僕のデスクのある部屋には何人かの職員が出入りしてきますが、毎日やっていることは変わりません。
おしゃべりか携帯をいじるかPCでフリーセルです・・・

先日こんなことがありました。
市長選挙に副市長が立候補するとのことで、昨年末辺りから副市長の座は空いたままだったのですが、ようやく最近になって当面の副市長が決まりました。
候補が2人いたそうです。
Aさんはプロジェクトコーディネーターとして市役所で一番良い仕事をしているという評判。
それに対し、Bさんは市役所の備品管理を担当している人で市長とは仲が良いですが、他の職員に言わせると「教養がない」とのこと。
結局Aさんが副市長となったのですが、副市長になれるものだと思っていたBさんはひどく憤慨したそうです。
2月1日はボリビア全国で学校の新学期が始まる日だったのですが、とある学校での式典に本来であればBさんが音響設備を持って行き準備する必要があったにも関わらず、機嫌を損ねた彼は職務を放棄してしまいました。
あまりの酷さに言葉も出てきません・・・
「働かない奴が市役所に残った」と解雇通知を受け取った元職員がこぼしていたのは、ただ単に妬みから出たわけではない気がしてきます。


「仕事がしたくてもできない」というのは僕の短い人生の中で初めての経験です。
単純に懐かしいというだけでなく、色んな感情を抱きながら2009年2月2日の日記を眺めていました。


ただ・・・
これで腐るわけにはいきません。
勿論僕の配属は市役所なので、市役所と縁を切るわけにはいきませんが、これからは配属先以外の機関との協働の可能性も探っていく必要があるなと感じています。

こんな状況ではありますが、今の僕の中での救いは、地元で良くしてくれているご近所さんや友人の存在です。
(以下写真は一緒に日本のカレーを作って食べたときのものです)
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3年日記の一番下の欄、2011年2月2日には一体どんな内容が書かれているだろうか・・・
「去年の今頃は大変だったなぁ」と懐かしく振り返ることができればいいなとは思いますが、仮に状況があまり変わっていなくても、「この一年間、日々一生懸命生きることができた」と胸を張れるような自分でいたいと思っています。


中途半端だと思っていた2月2日という日は、少なくともこの3年日記をつけている2009-2011年の間は大きな意味を持つ日になりそうです。

プロフィール

taku0805

Author:taku0805
名前: TAKU
職業: 村落開発普及員
(青年海外協力隊)
出身地: 埼玉県
現在地: ボリビア
目的地: 神様におまかせ

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