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ウユニ塩湖

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ついに行ってきました!
世界の不思議、ウユニ塩湖へ。
標高約3,700mにある南北約100km、東西約250km、面積約12,000km²の広大な塩の固まりであり、塩湖としては世界一の面積を誇ります。
電気自動車の電池に必要と言われ将来的に需要が拡大すると見込まれるリチウムも、世界全体の約半分の埋蔵量がこのウユニ塩湖の下に眠っていると言われ、日本をはじめ各国が採掘権を巡ってしのぎを削っています。

ウユニ塩湖を訪れずしてボリビアは語れない・・・
最近は日本でもTV等で特集されているようで、日本人の間でも広く知られるようになってきた場所です。
他の隊員で人によっては2,3回も訪れているにも関わらず、僕は今の今まで一度も行ったことがありませんでした。
初めは一人でこの大自然の神秘を満喫しようかと思っていましたが、出発前日にいつも買い物をする商店の息子(15歳)に旅行のことを話したところ、「おれも行きたい!」という話になってしまいました。
しかし、問題はお金・・・
早速お母さんに相談しましたが、突然ということもあり、必要な旅費の半額までしか最大でも出せないとのこと。
そりゃそうです・・・日本人の僕にとっては2日ほど働けば十分稼げるお金でも、パタカマヤのような小さな町でシングルマザーとして3人の子どもを育てる彼女にとって、この金額は大き過ぎる出費です。
残額をどうにか工面できれば息子を僕に預けて旅行させることは可能とのこと・・・
でも、残額を工面するといっても、そんな急にあてがあるはずもありません。
「それっておれ次第ってことじゃん」と自分の心の中で声が聞こえました。
そしてそれに呼応するかごとく、お母さんからも「あなた次第よ」と(笑)
日本じゃ人に金を借りて(というかもらって)まで息子を旅行させるっていうのはあまり考えられないと思いますが(ある意味恥ですよね?)、こっちでは、というかこのお母さんにとっては、それほど抵抗感を感じるものでもないようです。
「おいおい、おれ次第かよ・・・」とは思いましたし、「ある特定の個人に対して自腹を切るのはどうなのか」とすごく迷いましたが、こんな機会も滅多にないだろうと思い、最終的に連れて行くことにしました。
いくら仲が良いとはいえ、外国人の若者に自分の息子を預けて旅させるってのも相当なもんですよね。
言い様によっては上手く使われた?のかもしれませんが、ここまでパタカマヤの環境に慣れることができたのは彼らの助けなくしてはあり得なかったですし、この2年間で築いた信頼感もちょっと嬉しかったので、思い切って決断しました。

遠出なんてほとんどしたことのない彼にとって、この旅行は本当に貴重な経験だったようです!
旅行中、そして旅行後の彼の満足そうな表情から連れて行ってよかったなぁと心底思いました。

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ウユニ塩湖に向かう前に訪れた「列車の墓場」。20世紀初頭まで、ボリビアで採掘した大量の錫(スズ)をチリの港町まで運んでいた列車たちがここに眠っています。

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塩湖では浮いてみたり・・・

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乗せてみたり・・・

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鏡に映ってみたり・・・

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そして、塩でできたホテルにも泊まりました!

さえぎるものの何もない塩湖では、夕陽も本当にきれいでした。
太陽が地平線に沈んだとき、「もうすぐこの太陽が昇る反対側に帰るんだなぁ」と少し感傷的な思いにもなりました。
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彼も一緒に連れていこうと思った決め手になったのは、この旅が彼の今後にも少なからず良い影響を与えてほしいと思ったからです。
「視野を広げる」とでも言うところでしょうか。
僕自身、13歳のときに初めての海外旅行でアメリカはカリフォルニアでホームステイをする機会を得ました。
通っている教会の牧師先生がコーディネートしてくれた旅です。
当時の僕といえば、まだ中学校に入ったばかりで勿論英語なんてしゃべれません。
今でも忘れませんが、とあるレストランに夕食を食べに行った際、そこのトイレがあまりにも綺麗でチップとして5ドルも払ってしまった何も知らない「おこちゃま」でした(笑)
でも、このとき食べた大きなハンバーガー、プール付きの家、色々な肌の色を持つ人々、何となく感じた自由な雰囲気・・・等などが僕の中で大きな刺激となり、「またいつかここに帰ってきたい」というモチベーションになりました。
それ以後、英語は特に力を入れて勉強し、大学も外国語大学の英語科に進み、念願の留学もさせてもらえることになったわけです。
大半のボリビア人がウユニ塩湖には行ったことがありません。
そこにいたのはガイドを除きほとんどが外国人でした。
おそらくこの15歳の息子も、この機会を逃していたら一生行くことはなかったかもしれません。
「黄金の王座に座った乞食」とまで揶揄されるボリビア人自身が、自分たちの国の豊かさを知ることができないのは残念ですよね。
この旅が「TAKUとの思い出」だけでなく、彼の今後にとっても忘れられない経験として残っていってくれればと願っています。

ウユニ塩湖旅行、実はこれで終わりじゃないんです!
嬉しい出会いがありました。
ツアーで一緒になった2人の日本人旅行者が何とパタカマヤまで遊びに来てくれたんです!
「バックパッカーをしていると観光地しか回れないし、協力隊の人がどんな場所で生活しているのか見てみたい」と、貴重な旅行中の2日間を割いてわざわざ僕の任地まで来てくれました。
といっても何しろパタカマヤですから、自慢できる観光名所なんてありません。
それでも、自宅や活動先の近隣の学校にお連れして、一緒に手洗い教室をしたり、先生方とバレーボールをしたりしました。
パタカマヤ名物?(本当はオルロの食べ物ですが、うちも負けてません!)のチャルケカン(リャマの干し肉を揚げたような食べ物)も皆で食らいました。
さらに、自宅のすぐ隣にある学校がもうすぐ創立記念日を迎えるということで、みんなで大掃除をする日にちょうど重なったので、3人で箒と塵取りを持って手伝いに行ってきました。
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掃除の後は小学生のフットサル大会も見学。
人懐っこい子どもたちに囲まれて楽しいひとときを送りました。
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大学生のNくんは、今年の暮れ頃までを予定している世界一周旅行の最中。
パタカマヤの地元民との触れ合い、そしてこれから待ち受けているだろう数多くのドラマが、彼の今後に大きな指針を与えてくれることを願っています。
そして、転職を機に南米への旅に出たYさんは気配り上手な頼れる兄貴。
このブログを見る頃にはもう帰国の途についていると思いますが、パタカマヤの風景が鮮やかに旅の1ページを彩り、東京での忙しい毎日の中でも思い出されれば嬉しいです。

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出会いに感謝!また会う日まで!
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Coca Colla ?

「君に逢いたくて仕方なかった・・・やっと出会えたね」

って、別に感動の再会じゃありません。
僕が会いたくて仕方なかったのはこれです↓
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「な~んだ、ただのコーラか」と思ったあなた。よーく見てください!
そう、その名も “ Coca Colla”(コカ・コーリャ)です(笑)

ボリビア国内で今年発売された新商品で、発売前から話題性は抜群でした。
商品名にボリビアらしさが滲み出ています。
まず “Coca” とはアンデス地方で古くから栽培され、彼らの文化を語る上では欠かすことのできないコカの葉を表します。
そして “Colla” は何かというと、「アイマラ民族の血をひく者」を指す言葉で、ラパス、オルロ、ポトシ等高地に住む人に対する呼び名でもあります。
※サンタクルスやベニ、パンド等東方の人々については “Camba” と呼びます。
よくある中国産の安物商品のように、ただ単によく知られたメーカーの名前をぱくっただけではなく、名前にアイデンティティーが感じられますね。

大分前の記事(09年8月23日「消化不良」)でも少し書きましたが、アイマラ族出身の現エボ・モラレス大統領の政権下でボリビアは反米の姿勢を露骨に表していますし、コカインの原料となるコカの栽培も部分的に奨励・保護しています。
(コカインの原料となるとは言いますが、精製してコカインにするには大量のコカの葉が必要になるので、伝統的な使用方法(疲労感や空腹感を無くすために噛んだり、お茶として飲んだり等)であれば麻薬性はありません)
この “Coca Colla” という名前からも、反米の姿勢、そしてときに一方的にコカ栽培を悪の根源として批判し、ボリビアを「麻薬取引国」とみなす国際社会(その中心は勿論アメリカです)への反発が強く感じられますね。
コカ・コーラの本社があるアトランタだけでなく、ワシントンDCにとっても悩みの種になるかもしれません。
近年ボリビアと盟友関係を構築しているイランはこの商品に大きな関心を寄せ、既に200万本を発注したとのことです。
また、ボリビアと同じく南米で左翼政権を成しているベネズエラやパラグアイについては、この商品を輸入するだけでなく、資金援助することさえ検討しているようです(以下英語記事より)。
以下の記事(①英語 ②スペイン語)も興味深いのでURLを記載しておきます↓
①http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/8634440.stm
②www.lostiempos.com/.../salio-a-la-venta-la-coca-colla_80496_152519.html


さて、肝心の商品についてですが、以下が成分表です。
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タンパク質・・・1.02mg/lt
繊維・・・0.68mg/lt
ビタミンC・・・0.33mg/lt
ビタミンE・・・2.05mg/lt
チアミン(B1)・・・0.04mg/lt
リボフラミン(B2)・・・0.04mg/lt
ビタミンB5・・・0.02mg/lt
ビタミンB12・・・0.05mg/lt
葉酸・・・0.01mg/lt
カルシウム・・・50.79mg/lt
リン・・・21.01mg/lt
マグネシウム・・・15.24mg/lt
αカロチン・・・0.48mg/lt
βカロチン・・・0.42mg/lt
--------------------------------


そして、一番気になるお味ですが・・・
今回は話の種のために買いましたが、もう買うことはないと思います(苦笑)
コカ茶が大好きな方にはもってこいかもしれませんが、そうでもない人にはコカの味と炭酸のコンビネーションはきついです・・・

果たして “Coca Colla” は コカ・コーラ帝国を脅かす存在になれるでしょうか?
ボリビアにいる皆さん、これからボリビアに来ようと思っている皆さん、ぜひ一度お試しあれ!

旅人

パタカマヤに旅人がやってきました。
それも日本人です!
しかも自転車で!!

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面白いことに、この旅人Tさんは僕のブログをネット上で偶然見つけたようで、ブログにあるメールフォームを通して連絡をしてくれました。
「今オルロにいますが、これからラパスに向かうのでパタカマヤで会えませんか?」と。
基本的に家族や友人等、よく知っている人にしか所在を知らせていないブログではありますが、僕が知らない間に色んな方に見ていただけているようですね。
こんな形で役立ち嬉しいです。

Tさんはもう既に2年半も自転車で南米を旅行しています。
ブラジルのリオデジャネイロから始まり、パラグアイを経て、ボリビアには既に1年半も滞在しているとのこと。
僕よりもボリビア歴が長いことになりますね。
ウユニ塩湖上を約100km も自転車で走り抜けたことが今まで一番の思い出だそうです。

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自転車での旅を始めたのは約10年前、日本国内を旅行したのがきっかけとのこと。
「自分のペースで、知らない場所を一人で走っているときに最も幸せを感じます。これは究極の自由ですよ。僕には自転車の速さがちょうどいいんです。」と語るTさんですが、満足感を覚えながらも一つの後悔があります。
当初はエクアドルまで行き、赤道まで到達したかったそうですが、残念ながら諸事情で近々旅を終えて日本に帰らなければならないそうです。
「またいつか赤道まで行きたい。ウユニも走りたいです。」と出発前夜の食事の席で語ってくれました。
最後まで旅の無事を祈ります!

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ちなみに余談ですが、Tさんとの食事の席で「リヤカーマン」の話になりました。
リヤカーマンを知らないあなた!!それはまずいです。
今すぐ以下をチェックしてください↓
http://www.tv-tokyo.co.jp/rear-carman2/

約200kg もの重量のリヤカー(現在は9代目の田吾作4号。9代目で4号ですから、他の名前が気になります・・・笑)を引きながら、世界各地を歩き尽くしてきた冒険家です。
「植村直己賞」まで受賞されている正真正銘の冒険家ですが、あまりにも純粋で人間味に溢れ、全てに体当たりな方なので、僕は正直・・・ツボです(笑)
その魅力を語れば長文になってしまいますし、僕の文章力では表現しきれないので、ぜひ一度ご覧になってほしいです。

そのリヤカーマンのDVDをTさんはリオデジャネイロで購入したそうで見せてくれました。
まさか日本の反対側でもリヤカーマンの勇姿を拝めるとは!
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“ DEKKAI TIKYUU ” というローマ字に直したタイトルが、また笑いを誘います(笑)

このリヤカーマン、かつて南米大陸を縦断した際に、ボリビアのサンタクルスにある日本料理店を訪れていたようで、Tさんが利用者ノートに記載してあったリヤカーマンのメッセージを教えてくれました(全く同じではない点ご了承ください)。
今回の記事は、我らがリヤカーマンのお言葉で締めさせていただきたいと思います。

「ラーメンが一歩のパワーとなり、コロッケが一歩のエネルギーとなる。旅人よ、ここで力を蓄えていけ!」

Copa Mundial

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約1ヶ月間の熱い戦いが終わりましたね。
日本代表の活躍は世界中の日本人に夢を与えてくれたはずです。
僕もパタカマヤ市役所で、ご近所さんの家で、ラパスのカフェで、TVにかじりつき一喜一憂していました。
パラグアイ戦でのPKは本当に悔しかった・・・
敗戦を見届けるやいなや、すぐさまうつむきかげんで市役所を後にし、いつもの食費の倍払い、ちょっと美味しい物を食べて気を紛らわせました。
試合翌日の記者会見で、岡田監督が「家族には迷惑をかけた」と言っていたのが個人的にはすごく印象的でした。
本当にどれだけのプレッシャーに監督や家族は耐えたんだろうか・・・
僕には到底無理な仕事だなとつくづく思いました。
勝てば官軍負ければ賊軍・・・残酷ですが、勝負の世界は厳しいですね。

さて、世界中に散らばっている協力隊ですから、日本VS任国なんてケースも当然あります。
カメルーンとパラグアイに派遣されている隊員は複雑だったでしょうね。
ということで、今回は先日訪問させてもらったパラグアイの同期隊員から試合後にもらったメールを掲載させてもらいます(写真もありがとね♪)

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どう思いました?パラグアイ戦。

私は連絡所で隊員と観てました☆まぁ、試合前は首都の一番大きなショッピングセンターにテントが設置してあって、そこまで観に行ったら・・・「日本人出てけーーーー」って言われたよ 笑

そしてそこでフジテレビにも会い・・・・。試合前はすんごい緊迫した感じだったよ。

でも試合が終わって任地帰ったら、みんな「日本はいいチームだ」って言ってくれたよ。まぁ、負けたからだろうけど 笑

それでもPKは私も観てて泣けたよ。

日本の選手はPK中、膝をついてたよね。日本人らしいっていうか、日本男子を観た気がしたよ 笑

拓ちゃんはどうだった?

でも、今年の試合で初PKっていうこともあって・・・パラグアイの人にも心に残る試合だったって言ってました。

それだけで私としては嬉しいかな☆

次は「日本のためにパラグアイは勝つよ」ってみんなが言ってくれてただけで日本のチームはちゃんとなにか残してくれた気がしたよ。

いやぁ、いい試合だったね。

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Muchas felicidades a España!
さぁ、明日は中間報告会!

Carnaval

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2月に入ってまだ2度目の更新ですが、早いもので今月ももう終わりですね。
ブログをご愛読いただいている皆さん、最近更新が少なくて申し訳ありません・・・
2月は28日しかないというのに加え、ボリビアはカルナバルの時期です。
有名なリオのカーニバル(ブラジル)のニュースはきっと日本でもいくらか報道されていたかと思いますが、ちょうど同じ時期の2月13、14日にボリビア最大規模であるオルロのカルナバル(ユネスコの世界無形文化遺産にも登録されている)も華やかに祝われました。
ボリビア人の多くにとっては「カルナバル>仕事」なので、今月はいつにも増して仕事モードではありません。
ここで焦っても仕方がない・・・
「郷に入りては郷に従え」ということで、僕も今月は踊りに踊ってきました!
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毎年、協力隊員は地元のグループに混じり、このオルロのカルナバルに参加しているそうですが、今年もこのグループと一緒にボリビア各地から集まった協力隊員が踊りました。
僕らが踊ったのは、「サンポーニャ吹き」という名を持つ “Zanpoñeros” という踊りです。
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沿道を埋め尽くした観客の大声援を受けながら、午後5時から9時半頃までオルロの目抜き通りからゴール地点であるソカボン教会まで、時間も靴ずれした足の痛みも忘れ踊り続けました。
(オルロには古い坑道(ソカボン)の上に建てられたソカボン教会があり、そこに祀られているソカボンの聖母はこの町の守護者として人々の篤い信仰を集めており、オルロのカルナバルはこのソカボンの聖母の祭りとして祝われています。)
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やはり “Chino”(広くアジア系の顔立ちをした人を指す)がボリビア人に混ざりながら踊るのは珍しいこともあり、今までの人生の中でこんなに注目されたことはないくらいの大歓声を浴びました。
自分をロックスターか何かと勘違いしたのは、おそらく僕だけではないでしょう(笑)
完全に浮かれた僕ら(特に男子)は、列を乱さず整然と踊るボリビア人とは対照的に、各自好き勝手に動き回りました。
阿波踊りをする者、写真やビデオを撮りまくる者、帽子を取り「ありがとぉーっ!」と年末のジャニーズのように歓声に応える者・・・
傍から見ると踊っていなかったに等しかったかもしれません(苦笑)

案の定、カルナバル後にパタカマヤに帰り、いつも買い物をする商店のおばさんと話したところ、「テレビであんた達見たけど、全然上手く踊れてなかったわね」と言われました。
「そこはお世辞でも誉めるとこでしょ・・・」とは思いつつも、上記の内容を考えると当然ですね。
「整然さ」が売りのはずの日本人が一番乱れていたようです。
それだけ楽しかったオルロのカルナバル・・・
来年も2月中旬に行われるはずなので、ボリビアを訪れる方はぜひ観るだけでなく踊りましょう!

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※僕が撮ったものではない写真も掲載させていただいたので、撮影者の方々、ご了承いただければ幸いです。

プロフィール

taku0805

Author:taku0805
名前: TAKU
職業: 村落開発普及員
(青年海外協力隊)
出身地: 埼玉県
現在地: ボリビア
目的地: 神様におまかせ

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